
勝利に至った、約三〇年間に及ぶ「細川内ダム建設反対闘争」の歴史
この物語は、かつて「阿波のチベット」と呼ばれた、四国・徳島県木頭村(現在は、那珂町に編入されている)の人々の、約三〇年間に及ぶ「細川内ダム建設反対闘争」の歴史をまとめたものである。ここでは、木頭村の人々がなぜダム反対に立ち上がったか、そしてそれが県や建設省の妨害・圧力・切り崩しをはねのけて、どのように勝利に至る道を切り開いていったのか。その苦闘を、日本の政治経済の変遷や諸政策の転換などと織り交ぜながら、またダムそのものの問題点や、自然環境の問題などとも関連させながら語ることにした。本書は、平成九年から一〇年にかけて取材し、まとめられたものである。だが、それでもこのドキュメンタリーの光が弱まったわけではない。
2009年ブログ「KOBE Diary」より。ぼくは生きることが歓びだと感じるようになった。
2008年2月からはじめたブログ「KOBE Diary」は、1年間で40000件近いアクセス数を記録するようになっていた。これは、ぼくの心の軌跡であり、ぼくの「未来」に向けた成長の記録だ。友と語り、涙し笑いあい、ぼくは、人は誰もが絶望を振り払い、希望を創出できることを知り、愛することの歓びを知るようになっていった。
劇団ミュージカルシテイ・珠玉の歌集
1980年代を中心に、関西を舞台に活躍した劇団ミュージカルシテイ(大阪ミュージカルシテイ)によって歌われた歌の数々。ただし「ぼくのために、泣け。」は未上演のまま。その歌詞は、多くの人々の心を打った。
大好きって、どういうことだろう? 「きみ」をさがす旅は、「ぼく」をみつめる旅だった。
夏の暑い日に、ぼくは大好きななっちゃんをさがす旅に出た。ぼくは、なっちゃんに出会えるんだろうか? 出会えたところで、なっちゃんは、ぼくに何て言うんだろうか? 大切な人を想うあなたに贈る、大切なおはなし。
2008年。過去に囚われていたぼくは、「上を向いて生きる」ことから再びはじまった
2008年2月よりはじめたブログ「KOBE Diary」は、今も断続的に続けている。それは「詩」であったりなかったりするが、総じて「詩的」なものだ。哀しみや苦しみからぼくは、こうして「希望」を紡ぎだしていった。
ワードライツさんううん。詩人でもあるkatohfuに褒められるなんて、最高ですね! ありがとうございます。
word waves < katohfu >さん民衆論などの論ずる視点も良いけれど、詩はもうひとつ良いね!
経済原理に支配されたマスメディア、とりわけ新聞が「第四の権力」ではないことを、歴史的事実に即してに検証する。
日本に新聞が誕生してから、一貫してマスメディアは民衆や市民の側に立つことはなかった、といえる。しかも、「第四の権力」という訳語じたいが誤訳であることを、誰も問題にしない。本稿では、メディアの歴史に言及し、さらに、日本のマスメディア、とりわけ新聞が、「第四の権力」でさえなかったことを、日本の新聞史によって検証していく。
遺伝子の改造によって生まれた「金色のバラ」。あいちゃんたちは、とらわれたバラとネコたちを助け出せるのか!
「金色のバラ」など、遺伝子の改造によって悪だくみをする金色の男と銀色の男。あいちゃんたちは、研究所にとらわれたバラたちと、金色の目のネコたちを救うことができるのか! 改造によって生まれた金色のバラは、自然の中で生きることができるのか? あいちゃんの成長を夏から秋にかけて描き出す。
「不滅のヒーロー 仮面ライダー伝説」の原作書、ついに登場!
ソニー・マガジンズから出版された『不滅のヒーロー 仮面ライダー伝説』は、再版を望む声が多いにもかかわらず、絶版のままだ。本書は、その既刊書『仮面ライダー伝説』の原本となったものであり、ジャーナリストの視点で描かれた、幾多の苦難をあふれる情熱で越えて、仮面ライダーを創造してきた男たちのドラマが凝縮している。仮面ライダーを演じた男たちの「その後」にも焦点を当て、彼らの人間としての成長の軌跡も描いた。既刊書にはない項目もある。ライダーファンならずとも、ぜひ読んでほしい一書である。
「無貨幣社会」は、ほんとうに不可能なのか? これは「それは可能だ」とするための思考実験である。
不可能に思われ、ついに誰も取り組もうとさえしなかった、未来における「無貨幣社会」の建設。筆者は、この貨幣社会のかなたに、その進歩系として「無貨幣社会」の創造が可能かを考えた。本論はまだ思考実験であり、本格的な論理の展開ではない。だが、ここにこそ、筆者の最初の一歩があったのである。